上城地区に続く通りから少し入ると、共栄と題された立派な石碑がある。西友部圃場整備事業の竣工記念碑だ。
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目立った河川のない西友部地区は、周辺の上城・水戸地区と同様に個別に圃場整備がおこなわれた。
碑文を記す。
岩瀬町西友部の耕地は農道狭曲で水利の便悪く、区画も不整分散し近代営農を進めるに当っては耕作者の常に苦悩する処であった。
折しも国家施策の土地改良事業の奨めあり、よって県及び町当局の指導のもとに西友部土地改良委員会を設け、受益者の賛同を得て圃場整備事業の実施を決議し面積二十二、五ヘクタール総工費二億九百七十余円をもって昭和五十五年八月着工したのである。
以来三年有半関係当局の時事適切な指導と施工者の誠意ある努力、地域各位の積極的な協力を得て昭和五十九年二月全工事が無事完成し近代農業基盤の確立を見るに至った。
ここに一望整然と造成されたる美田は地区農民の大同団結を物語ると共に、更に明日への進歩向上を約束するものに外ならない。
なおこの土地に住む者が永く互に助け合い、共栄の精神をもって郷土発展につくされん事を希いこの碑を建立するものである。
一九八四年三月𠮷日
田山純一撰文