北那珂(南飯田)地区
おなじみ富谷山の展望台。今年は大晦日の日の入りと元日の初日の出を 2024年の終わり 2024年とお別れ。スカイツリーも富士山もよく見えた。 2025初日の出 岩瀬の夜景 写真を撮り場所を譲ったあとの写真。人が多かった。 初詣 初日の出を見たあとは富谷観音へ…
富谷地区の農地に架かる国北橋。大川土地改良事業の一環で整備された。 この橋は大川土地改良区にかかる他2橋(精進橋、秋葉橋)と異なり平成5年とかなり遅くに架けられている。銘板も2橋と異なり石板となっており、そのおかげか盗難被害に遭っていない。
国北橋のすぐ脇にある大川中里堰ファブリダム。 ファブリダムは必要に応じて空気でラバー堰を上昇させ、水をせき止める仕組み。少し古めの圃場では鋼鉄製のゲートが多いが、平成初期らへんの圃場にはよく見られる設備だ。 ラバーで堰き止められ水位が上がる…
南飯田の来栖運輸を入ったところにある南飯田地区農業集落排水処理施設。平成9年度に完成した。 南飯田、間中、平沢の下水を処理している。
入野地区の大川に架かる秋葉橋。大川土地改良事業の一環で昭和63年に竣工した。 橋名の秋葉は入野地区の小字である“秋バ”という地名から取っている。 この橋は珍しく銘板が残っている。他の橋では鉄くず目的で乱暴に剥がされているので、完全体の橋を見るの…
中里地区の農地にある精進橋。大川土地改良事業の一環で昭和63年度に竣工した。 銘板は雑に剥がされている。このあたりでは鉄くず目的の盗難が多発しており、ここもやられてしまっている。
南飯田の市営桜ヶ丘住宅すぐ近くにあるため池と石碑。 金田貢町長の書の「同心」と題された石碑 総面積34ヘクタール、総事業費3億6000万円の南飯田・間中土地改良総合整備事業の竣工を記念したもので、昭和63年3月に建てられた。
羽黒駅出て右側にある駐車場。奥には石材組合の事務所がある。 左 昭和22年航空写真右 http://railwaytrackdiagrams.web.fc2.com/mito/mito/haguro.html より 現在は駐車場となっているこの場所だが、昔は2本の側線と石材積み出しの貨物ホームがあり、ここか…
羽黒駅の駐車場奥にある建物。稲田・真壁に次ぐ規模を誇る羽黒石材商工業協同組合の事務所だ。 このあたりの石材業は江戸頃には既に細々と行われていたが、水戸線が開業すると一気に規模が拡大した。明治35年には大貫、瀬尾、飯島、真家各石材店が本格的な採…
桜川市大月 岩瀬町北部にある大字で、2024年1月現在63世帯187人が生活している。稲地区〜磯部地区に続く台地沿いで、非常に起伏のある地形だ。南側の山沿いに柳沢という山深い集落があり、そこから笠間市福原へ抜ける林道(北中山大月線)が通っている。 集…
大月の鎮守である甲神社の入口にある大月集落センター。広報誌などでは「大月“農村”集落センター」とされているが、建物にそのような掲示はない。 建物は昭和56年の完成。大月地区の規模の割にはかなり立派な建物で、オレンジの瓦が印象的だ。
小塩から坂本に抜ける道の途中に、小さな祠と立派な石碑がある。 祠の由緒はどこにも残っていないが、石碑には陸軍伍長 磯宗一とあることから祠も当人に関係したものだと思われる。
間中集落の東部に「仲見川本家先祖代々之墓」と刻まれた大きな碑がある。 仲見川家は天正・文禄年間(16世紀末)に伊豆国三島(現在の静岡県三島)から間中集落に移住した4氏(大和田・古室・大貫・仲見川)の一つで、間中にささら踊りを持ち込んだ人々でもある。…
間中〜平沢の道から途中で折れて砂利道を進むと山に突き当たり、右からぐるっと回ると観音さまが見えてくる。 ここについての寺院としての正式な名前や由緒などの情報は何も残っていない。小ぶりなお堂だが、縁側があり装飾もしっかりしている。 目を引くの…
福崎集落の通りから未舗装の道に入ると、緩い登り坂と鳥居が見えてくる。この突き当たりが鹿島神社だ。 岩瀬町史によると鹿島神社は名主の幸右エ門が四壁山に延享年間(1744-1748)に創建したのが始まりとされている。 境内はコンパクトにまとまっている。石碑…
小塩集落の舗装された細い道を登ると見えてくる高房神社。岩瀬町史にも詳しい由緒は載っていない。 石碑によれば社殿は昭和50年、広場は平成12年のもので、集会所も兼ねているような近現代の神社形態をしている。 しかしそれどころでなく度肝を抜かれたのが…
坂本の入口から奥に進む道沿いに、「東観音道」と刻まれた道標が建っている。 言われてみれば、道標の奥の方には進める道がありそうな無さそうなといった雰囲気だ。今は歩ける状態ではないだろうが、この道標があるということは昔は通って坂本観音まで行くこ…
大月集落センターの脇から続く参道。その先に大月の鎮守である甲神社がある。 中までは入れていないので裏から。
大月地区の町道小ノ池線旧道にある小さな神社。社名を示すものはない。 いわせものがたりによるとこの神社は愛宕神社といい、稲地区から飛び火した山火事が大月集落を襲って大変な被害を受けたので、火難除けの神である愛宕さまをこの地に祭ったのが発祥とい…
桜川市福崎 岩瀬町北部にある大字で、2024年1月現在38世帯107人が生活している。 集落西部には笠間新西国三十三ヶ所観音霊場で「内御堂」とされている十一面観音堂がある。 uratsukuba.hatenablog.jp 村社 uratsukuba.hatenablog.jp 地区看板 文字のみのシン…
入野本田の集落の細い道を抜けると丘に出てくる。丘に広がる畑の間を抜けて突き当たりの藪を覗くと、そこには立派なお堂があった。 このお堂は「尾高山明静院 観音堂」といい、地域では観音様と呼ばれている。 境内の石碑には平安時代に徳一大師によって開基…
間中集落の細い路地を進み続けると見えてくる間中神社。途中には間中古墳群の標柱も転がっていた。 拝殿は平成2年に造営されたもの。森の中にポツンとある。 そしてこの右側のスペースがおそらく間中のささら舞いが行われていた(いる?)であろう場所。 間中…
JA岩瀬北部ライスセンターの上にある亀岡配水場。北那珂地区の西部一帯に水を送っている。 ここは元々町営の簡易水道として昭和51年(1976年)に整備されたもので、当時は北部地区簡易水道浄水場という名前だった。井戸から引いた水にここで薬品を入れたり撹拌…
県道257号線門毛地内から分岐し、茂木町へ向かう県道286号深沢岩瀬線。2008年までは「中飯岩瀬線」であったため、名残が随所に残っている。 この道は1965年着工1969年開通で、工事は自衛隊勝田施設学校の隊員の手で行われた。険しい山の中であるため、民業で…
富谷の富谷牛乳から星の宮幼稚園のほうに進む道が林道富谷入野線。富谷山中腹をへばりつく様に進み、入野地区山中の町道に到達する。(上写真は入野側) この道が1980年度より県の林道開設事業として工事が進められ、開通したのは1987年とかなり新しい。この時…
大川に架かる向橋。町道岩瀬中里線の橋で、岩瀬市街と中里・富谷東を結んでいる。 この橋で欠かせない話題が昭和61年の大水害。 町内の広い範囲で浸水や流される被害が出て、向橋もこの水害で落橋してしまった。 長らく通行できない状態が続いていたが、昭和…
道路沿いに立て掛けられたバス停注意の看板。バス停とあるがこの近くにバス停は1つもない。30年以上前に路線ごと廃止されている。 このあたりに路線バスがあった数少ない名残だ。
入野本田の集落に建つ勝善神塔。文字に強い力感がある。 明治26年のものであるようだ。
中里集落の生活道路をずっと進んでいくと現れる公民館。かなり古そうだが、年代を示すものがないので分からない。 いわせものがたりによるとここは昔の観音堂で、中には今も観世音と天道様が祭られているらしい。
富谷地区・中里地区の崖のそばにある野仏と石碑。通りからは見えにくい場所にある。 これらの近くには中里古墳群の標柱があるので、それと関連したものと思われる。