2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧
旧岩瀬郵便局南側の道から見えるそこそこ広い砂利駐車場。今はよくわからないスペースと化しているが、昔は広く一般に向けられた駐車場として機能していた。 広報いわせ 昭和55年10月号 この駐車場は「あさひ無料駐車場」といい、東区1 旭町商店街で協力して…
東区の鎮守である山王神社。大黒屋の角を入っていくと、広々とした境内が待ち構えている。 鳥居は何故か石造りと木造のものが超至近距離で並んでいる。石造りのは奉納年が刻まれているが、木造は全く素性が分からない。 山王神社 稲荷社 二十三夜尊堂 山王神…
福崎地区の旧道入口にある「桜川の源に美田拓く」と題された立派な石碑。このあたりのほ場整備の記念碑だ。 石碑の脇を見ると、東日本大震災の際に一度倒壊してしまったらしく、令和元年とつい最近になってやっと復旧されたようだ。 内容を記す 桜川の源に美…
東中学校の隣りにある運動公園。ラスカのある運動公園よりだいぶ古いものだが、いつ完成したかなどの資料はネット上に全く残っていない。この公園の事務事業評価表には事業期間昭和55年〜とあるので、昭和55年なのかもしれない。 ※追記 オープン当初の広報い…
池亀集落の中央部にある香取神社。岩瀬町史では鎌倉時代の創建とされている。
平沢の三山台と呼ばれる台地上にある香取神社。入口にチェーンが張られているため、入るのはよした。 岩瀬町史には創建年代は載ってなかったものの、初めは山中の「中山台」と呼ばれる場所にあり、享保11年(1726年)11月に現在地に移転したようだ。 また機…
県道から坂を登った高台にある小塩分校跡地。明治18年に亀岡小学校の分校として設置されたのが始まり。 昭和27年の小塩分校筑西・結城・下妻・桜川の昭和より その後、母学校が度々変わりながら続いてきたが、昭和59年に南飯田小学校の新校舎が完成したこと…
小塩駐在所の隣りにあるお地蔵様。案内板には義民地蔵とある。 江戸時代、不作にも関わらず定免法で例年通りの年貢を要求する笠間藩に対し、磯部、亀岡、富谷の3村の名主が直訴を行った。笠間藩は直訴を受け入れ3割5分の減免を認めたが、幕府の神尾春央が厳…
小塩の通り沿いに店を構える魚武。鮮魚店であるほか宴会場としても利用されていたようで、私の祖母も会社の宴会で使ったことがあると聞いたことがある。 しかしGoogleマップでは臨時休業との記載があり、今は営業していないのかもしれない。
池亀地区の山奥にある大きなお堂。五大力堂といい、この中に五大力菩薩像が安置されていた。 五大力堂は平将門伝説とも関わりがある。「平将門の乱の際、藤原秀郷が霊像5体を安置して将門討伐を祈ったが、討伐後は将門の善心を知り霊を慰めたと言われていま…
県道257号西小塙真岡線の切り通しの上に続く階段。階段の上には小さな祠が見える。 この祠はどういった名前なのか、そもそも名前があるのかすらよくわかっていない。この切り通しはバイパスとして1989年から1993年の間に開削されたものなので、その前までは…
南飯田地区の中心部にある中井酒店。かなり広く見えるが、造り酒屋ではないシンプルな酒屋だ。 南飯田はかつて北那珂村の中心地であったためか、今でもこういった商業が生き残っている。
桜川市稲 岩瀬町東部の羽黒地区にある大字で、2024年1月現在60世帯151人が生活している。かつては隣の磯部と共に1つの村を形成していたが、1605年に磯部村から分村され稲村として独立することになった。 現在では田畑が広がるほか、周辺は稲工業地区として工…
桜川市小塩 岩瀬町北部にある大字で、2024年1月現在57世帯154人が生活している。 小塩は旧北那珂村南部である程度の中心性を持っており、現在も駐在所が置かれているほか、かつては南飯田小学校の分校があった。 uratsukuba.hatenablog.jp 地区を東西に県道…
大岡地区中央部の字北大岡、字兜入にある大岡古墳群。標柱があるのは9号墳付近で、このあたりに直径20m程度の円墳が十数基遺っている。
小塩地区の小塩分校跡地にある小塩農村公園。昭和62年(1987年)に町内2番目の農村公園として開業した。 広報いわせ 昭和62年5月号 分校跡の校庭部分が近代的な公園として整備され、広い芝生広場は様々な屋外遊びに対応している。 今でもそこそこキレイに整…
小塩分校跡地の丘にある消防団の団庫。昭和61年の建築だ。 第14分団はここ小塩を拠点に大月、池亀、山口、福崎、坂本とかなり広い範囲を管轄している。少し心もとない気もするが、人口を考えるとこの程度でないと分団を組めないのだろう。
平沢の田畑の中にある鳥居と石碑。八大龍王神とあり、調べると法華経に出てくる龍神がいるらしいのだが、複雑そうだった。 すぐ近くの高峯には「竜神山」なる別名もあるので、関係があるのかもしれない。
大岡地区の溜め池西側にある稲荷神社。正式には五輪堂稲荷神社といい、社殿の裏に五輪塔があるらしいのだが、雰囲気に負けてそこまで探索する勇気がなかったため確認できていない。 100mも離れていないところに香取神社がある立地で、同じような規模の神社が…
通りから少し入ったところにある鳥居があり、更に進むと公民館のような建物がある。これが香取神社だ。 いかにも公民館のような入口があるが、その奥には神社らしく本殿を覆う上屋がある。大岡地区には公民館がなく、おそらくここが公民館の役割を果たしてい…
亀岡の県道沿いにある民家。敷地内に亀岡小学校開校の地の標柱がある。 亀岡小学校は明治6年に亀岡村28番地,萩原五郎左衝門氏の隠居宅を仮教場として開校した、現・南飯田小学校の源流となる学校の一つ。
福崎集落の西側にある小さなお堂。笠間新西国三十三ヶ所観音霊場では「内御堂」とされている。 十一面観音とあるが、11個の面があるとは想像もつかない。現在ここにはなく何処かへ移されているようなので、どんなものか見てみたいものだ。
稲地区の公民館。年季が入っている。 稲地区は岩瀬町唯一の一文字地名。江戸初期の1605年までは磯部村の一部だった。 江戸時代は稲村(いなむら)だったが、自治体が発足する際に全地区で名前から機械的に村を取ったことで稲(いな)地区となった。
小塩地区の三差路突き当たりにある小塩駐在所。今日は街場に用があったのか、駐在所には誰もいなかった。 立地が良いためか、スクールバスのバス停も設置されている。
池亀 五大力堂の脇にある看板。全く知らなかったが霊苑が造成されている。 航空写真を見ると何軒分か墓がある。池亀の本当に山の中なのだが、購入した人がいるようだ。 山梨の差出石材なる企業のもので、調べると今も墓地業者として営業しているらしい。なん…
池亀集落の公民館である吉祥院。寺と公民館が融合した、独特な集会所となっている。 吉祥院は正式には天台宗伍大力山吉祥院弥勒寺で、は奥にある五大力堂の末寺であるらしく、五大力堂の仏像の管理者となっている。現在は月山寺美術館に展示されており、中に…
平沢を歩いていると、いきなり犬が飛び出してきた。子犬のようで周囲には親犬含め5匹ほどうろついていた。危険で仕方ない。
平沢地区に入るところにある大地。かなりの登り坂だ。 登りきったところに案内板がある。この台地は大神台というらしく、集落や駅家の遺跡があるとのこと。下野国府と常陸国府、笠間の間の拠点だったようだ。
間中集落の東端にある農村集落センター。建物だけで、説明するような石碑はない。 今日は市の公用車らしき車が停まっていたので、何かやっていたのかもしれない。 完成は昭和57年。当時のことが広報いわせに残っている。
今日の町長道路。何にもなかった道路沿いに、いつの間にか電柱が立っていた。 道路沿いに家でも建つのだろうか。 そんな事考えながら見ていたら、突然電線が途切れた。終点は本当にちっっっちゃい街灯だった。この街灯のためにあんな立派な電柱を立てまくっ…