裏筑波は裏じゃない

茨城岩瀬の大学生 地元についていろいろと

ヤマウチ石岡店跡(カワチ石岡ばらき台店)

石岡市南部のばらき台にあるカワチ石岡ばらき台店。2019年にオープンした新しい店舗だが、他のカワチでは見られないような装飾が目立つ。

ここは2018年まで、石岡の地場スーパーヤマウチの石岡本店だった。

ヤマウチはかつて「やまうちストアー」という小規模なスーパーであり、日本スーパー名鑑にも載っていないため開業年は分からない。(株)やまうちとして90年代から拡大していったようで、最盛期は石岡本店のほか神立、牛久、茎崎、竹園、松代とそこそこの規模があった。

しかし他の県内スーパーと同様に苦戦したのか、2004年にはエコスの連結子会社となったほか、2009年には同じくエコスの連結子会社であるマスダに吸収合併され、会社としては消滅した。店舗の整理やTAIRAYAブランドへの変更も重なり、現在ヤマウチを名乗る店舗は神立店のみとなっている。

駐車場には2棟建物があり、ひとつはヤマウチテナントと名付けられた雑居ビル、もう一つは小さな建物。小さな建物は調べると元は2022年まで「石岡茨城簡易郵便局」だったようで、雑居ビル・郵便局ともにスーパーヤマウチの経営者が運営していたようだ。

また、接する道路の反対側には山内文化堂なる建物もある。山内書店という本屋が入っており、様子を見るに本やCDを扱っていたのだろう。あくまで山内という字を見るにここも経営していたのかもしれない。

石岡本店は本部所在地にもなっており、店舗裏手にあるこちら側の2階建て部分がかつての株式会社やまうち本部だったものと思われる。

地域で名を馳せた地場スーパーの残骸を見た気分だ。

東武バス杉崎車庫跡

水戸市杉崎町(旧内原町)の西の端の方、あすなろの郷への道沿いにあるソーラーパネル。1977年から1994年まで、ここに東武バスの杉崎車庫があった。

杉崎は東武バス国道50号線沿いにバンバン走らせていたころから主要な経由地であり、バス停によっては今でもその名残りが見られる。東武バス末期は水戸~笠間を走破する便と杉崎で折り返す便がおおよそ半分半分だったという。

東武バス撤退後は茨城交通が路線を引き継ぎ、杉崎(コロニー入口)止まりだった路線は内原町役場に延伸、その後2005年のイオンモール水戸内原開業に合わせて区間イオンモールまで少し短縮し、現在の74 水戸駅-イオンモール水戸内原線に続いている。

車庫跡に戻ると、敷地の端の方を見ると乗務員の詰所のようなものが残っている。

東武鉄道バス事業本部という東京乗合自動車愛好組合・新座支部が発行した本を見るとこの車庫の現役当時の写真が残っており、この小屋も写っていた。茨城交通と共用だったらしい。

車庫の入り口だったであろうコンクリ橋にはバス停ポールが残っている。円盤が消えたのみでほぼそのまま残るポールもあれば、加工されて柵にされているものもある。

廃止から30年、バス車庫としての機能が廃止された後はラジコンカーのサーキット、その後ソーラーパネルに転用されてと動きがあった割には色々残っている。

バス停にあったコロニー入口という名前は、その先の施設が2003年に茨城県立コロニーあすなろと茨城県立内原厚生園の再編統合により、あすなろの郷と改称したことで消えていった。いまコロニー入口なんて言ってもなかなか伝わらない。

名残りは少しずつ消えていく

笠間市役所笠間支所

笠間の駅前通り沿いにある笠間市役所笠間支所

笠間市役所だった笠間支所(石井台)が震災で使用不能となったために、2014年にこの場所に移ってきた。もとは法務局の笠間出張所があった場所らしい。

昔からの市部である旧笠間市域に本所ではなく支所が置かれているのは、笠間との合併を拒む友部町への妥協策として、笠間の名を残す代わりに市役所本所機能を友部に明け渡したため。

いまの栄える友部と寂れる笠間をみると、貸家栄えて母屋倒れるといったところだろうか。

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