裏筑波は裏じゃない

茨城岩瀬の大学生 地元についていろいろと

小塩東部の石碑群

小塩集落東部の県道沿いによく整備された石碑群がある。

石碑が集まる場所と言えば街道辻や寺跡など何かしらの旧跡がある場所なのでここは何だろうと疑問だったが、右の石碑の内容を見て納得した。

由来の記

宮大工であった永堀庄左ェ門は、安政二年(一八五五)笠間城主牧野越中守貞直公より巧匠の稱号を贈られ、大工としての栄誉を痛感し、その記念に当時職人の神として崇拝された聖徳皇太子の碑を屋敷添二番地に建立した。

明治初年道路改修に伴い、旧道路傍に点在し祀られていた小塩村の供養塔四体も同所に合祀された。

平成二年、屋敷添1・2・3番地基盤整備のため、約十米東よりの現在地に移転したものである。

尚、昭和六十一年小塩高房神社本殿改修の際、本殿内に安政二年 永堀庄左ェ門と記された月山時の護摩札が内蔵されていたことから、現在の高房神社本殿は安政二年に建造されたものと推測される。

平成二年八月 永堀真平