

間中集落の細い路地を進み続けると見えてくる間中神社。途中には間中古墳群の標柱も転がっていた。

拝殿は平成2年に造営されたもの。森の中にポツンとある。
そしてこの右側のスペースがおそらく間中のささら舞いが行われていた(いる?)であろう場所。

間中のささらは間中集落に伝わる舞で、八朔祭りとも呼ばれていた。国家安寧と五穀豊穣を祈願している。


この舞の起源には2つの説があり、一つは江戸時代初期に始まった説、もう一つは天正・文禄年間(16世紀末)に伊豆国三島(現在の静岡県三島)から大和田・古室・大貫・仲見川の4氏が常陸国に移住した際、三島神社の御神体と奉納の舞を持ち込んだことによるという説がある。

ささら舞いには「ザッザカ踊り」という呼び名もある。黒・青・白の三頭の獅子が境内で、竹製の「ささら」をこする際に出る音から「ザッザカ」と言われるようになったと伝えられている。
少なくともラスカを建設した1995年までは存続していたようだが、現在は活動している様子は見られない。
失われた民俗舞踊だ。