入野本田の集落の細い道を抜けると丘に出てくる。丘に広がる畑の間を抜けて突き当たりの藪を覗くと、そこには立派なお堂があった。
このお堂は「尾高山明静院 観音堂」といい、地域では観音様と呼ばれている。
境内の石碑には平安時代に徳一大師によって開基され、子育ての観音様として信仰を集めたこと。本尊は十一面観音菩薩であること。寛保2年(1742)に先代のお堂を造営したこと。明治18年(1885)にお堂を修復したこと。そして老朽化が深刻になったため、昭和60年(1985)に建て替え、昭和61年(1986)に入仏したことが刻まれている。
現在も月に一回入野本田区でお堂の掃除をしているというが、入野の人曰く最近は高齢化で草刈りが厳しくなったため、夏場は掃除に行けなくなってきたとのこと。
難しいかもしれないが、これからも信仰心を忘れないでほしいところだ。