
鍬田大岡線からよく見える大きな共同墓地。過去の航空写真を見ると古くからここにあるようだ。
一面の平地の中ここだけ丘になっているという立地では、ここに墓地を造ろうと思う気持ちもわかる気がする。
令和6年11月9日

時間があったので迷惑にならない範囲で入ることにした。墓地の入り口は昔からの集落がある墓地北西側にある。

墓地の中心には赤トタンで覆われたお堂が建っている。これが仏像のあるお堂なのか、リヤカー型霊柩車を停める倉庫なのか、中を確認できない以上どちらとも言えない。


建物の前には石碑が2体ある。左写真が墓地新設記念碑と思わしきもの、右写真が墓地参道舗装・水道完備記念碑だ。後者には題のところに「吾妻山久教寺」と刻まれており、もしかしたらこの墓地の前身はその寺だったのかもしれない。


それぞれ、墓地新設記念碑には大正12年、整備記念碑には昭和48年と刻まれている。