裏筑波は裏じゃない

茨城岩瀬 地元についていろいろと

元岩瀬の薬師堂

薬師堂

元岩瀬の中心部にある薬師堂。

普段は薬師堂やお堂と呼ばれることが多いが、正式名称は「瑠璃光山 無量院長千寺」(であるはず)。元岩瀬の人々の墓に囲まれている。

お堂の扁額
扁額を書いた仁平氏は元岩瀬の有力者だ。

鐘はついているが鳴らす術はなく、賽銭箱もない。今は寺としてより、墓場としての面が強い。

写真には撮らなかったが、本堂の左の小屋には牽引タイプの霊柩車が入っていた。

由緒書き

由緒書きには文化財に登録された薬師如来像の説明のほか、寺の変遷が書いてある。

要約すると

  • 仏像は室町中期(1450年頃)の一木造。
  • 仏像は登録されたものが16体、全部では400体祀られている。
  • 元は岩瀬高校東側の長千寺本堂に祀られていた。
  • 1860年にこの地に移転した。

ということらしい。

長千寺が移転した形なのか、仏像だけ移転してお堂は長千寺と一切関係ないのかは微妙なところだが、扁額に長千寺とあるので長千寺ということにしておく。

なんとなく建物が歪んでいるように見えるので、もうじき修理しないと危ういかもしれない。