元々は1991年に駅前再開発ビルとして行政主導で建てられた地上6階地下1階建ての商業施設だったが、全く人気が出なかった。流れとしては
- 1991年 サティを核テナントとし営業開始。しかし2002年に運営会社のマイカルが経営破綻し閉店。
- 次が中々決まらず風俗店が入居する話が出てきたため、市は慌ててスピカビルの一部を購入。2003年にエコスと長崎屋を入居させたが、3年持たずに閉店。
その後いくつか食料品店を入居させたが全て数年で撤退されたため、市はスピカビルの商業利用を諦め、市役所として利用する決断した。
ここまで酷い失敗となったのには理由がある。
まず、ビルは駅直結型の予定だったが地元商店会の反対に遭い、駅と直結せず独立してしまうこととなった。これにより、ステーションビルとして計画されていたSPICAは利便性が低下した。
そして大きいのが下館駅前の中心性の低下。ピーク時と比べて、下館駅の鉄道利用者は39%減少、路線バス利用者は96%減少している。駅前は人が多いから商業が活きるのであって、駅の利用者が減少すれば、駅前で商売する意味がない。
また2000年代は周りの下妻や小山、遠くはつくば市が著しい発展を遂げ、マイカー型のショッピングモールの時代に突入した。取り残された下館の中心性は低下する一方となってしまい、その中でも下館駅前の没落は著しいものとなった。
筑西市は市庁舎の老朽化も抱えていたため、2017年には市役所の本庁舎機能がSPICAに移転。現在はここSPICAが筑西市役所の本庁舎となっている。
地上6階地下1階の7フロアのうち、6フロアが市役所と公的機関。残された商業成分はコンビニとパソコン教室、保険窓口そして美容室。たったこれだけ。
これが県西の中心都市下館の期待を背負った、再開発ビルの成れの果てだ。