裏筑波は裏じゃない

茨城岩瀬の大学生 地元についていろいろと

旧町名 宝鏡院門前の標柱と不動尊

凸版印刷北側にある旧町名・宝鏡院門前の標柱。宝鏡院門前は昭和45年まで存在した町名で、現在は城東1丁目に入っている。

調べると宝鏡院は現在の常陸太田に始まった寺で、佐竹氏が水戸入城した際に一緒に水戸に移ってきたらしい。尊皇思想による仏教排斥を推し進める徳川斉昭によって1843(もしくは1846)年に処分に遭い神崎寺に合併・消滅させられたようだ。

標柱北側の住宅街の中に宝鏡院不動尊がある。処分された宝鏡院の生き残りだ。

境内には素性のわからない石剣やお地蔵様に石碑、かつて灯篭だったであろう石塊が安置されている。戦災でダメージを受けたらしく、お堂も境内もこじんまりしている。