

大工町二丁目バス停。主に水戸駅や赤塚駅、茨大方面へのバスが経由している。
このあたりのバス停にはよく路線図が掲示されており、中には古いものもあるのだがここは特に凄かった。

なんと茨城交通・茨城オート・JRバス関東そして東武バスが揃い踏み。茨城オートまではギリギリ見ることはあるが、東武バスの撤退は1994年のことであり、痕跡が残るバス停はもはや骨董品の域だ。おそらく30年以上前のものだろう。
1社ずつ様子を見ていこう。
赤塚方面のりば
茨城交通(現存)

見やすく夜訪れた時のものを。茨城交通の変化は国立病院(2004年に移転→水高スクエア)や飯島町行き(東武バス代替か?)程度で、今もそこまで変化はない。
茨城オート(2010年茨交へバス事業譲渡)

茨城オートは大半が茨城交通に引き継がれており路線図もそこまで変わらないが、岩間駅周りは変わった。このころは多彩な行き先があったが、今は平日3往復が下安居酒屋(岩間駅から15分程度)で折り返す飛び地となってしまった。
JRバス関東(2020年路線バス撤退)

JRバス関東は水戸南本線(涸沼・新興農場)と水都東本線(赤塚・双葉台)が載っている。
涸沼行き(~1995)、新興農場行き(1982~1993)、双葉台行き(~2003)と過去の行き先が多くみられる。この時点でもかつてあった膨大な路線網のほんの一部のみで、末期は水戸駅~赤塚駅のみと原型のないほどに衰退していた。
東武バス(1994年水戸撤退)

そして東武バス。東武バスはかつて県西地区(中でも猿島郡と水戸線沿い)を主なナワバリとしていて、下館営業所笠間出張所を置いて水戸にも進出していた。
全盛期は水戸-下館の長距離路線だったが、末期は下館〜笠間が廃止され路線図にある水戸駅〜笠間車庫が離れ小島で残っていた。昔は赤塚駅前に入るのは国鉄バスの特権だったらしく、その頃の名残か東武バスは赤塚駅を経由しない。
そういったものが全て詰まっている歴史資料だ。
水戸駅方面のりば
茨城交通

水戸駅方面は昔の系統詰め合わせ。5番茨大ー常磐小ー水戸駅ー市毛ー勝田ー那珂湊や、7番茨大ー国立病院ー水戸駅ー日赤入口ー那珂湊ー阿字ヶ浦、13番茨大ー新原ー水戸駅ー吉沼ー勝田といった系統が詰まっている。
JRバス関東

JRバス水戸駅方面は同じ図だが、テープで隠されている部分と、涸沼が下石崎秋の月に上書きされている。常陸山崎ー新興農場は1993年、下石崎秋の月ー涸沼は1995年にそれぞれ廃止されたため、それ以降に上から貼られたものと思われる。
修正も今となっては味がある。